激務の部署を経験して気づいた3つのこと【公務員の闇を話します】

公務員でも激務のところはあるんだよね?

激務の部署はあります!

ぱすてる
ぱすてる

わたしは年間1,000時間の残業を4年間つづけた経験があります。

その実体験を踏まえて公務員の激務の部署について語りたいと思います。

まず、公務員の現状とは…

これは、霞ヶ関で過酷な労働をしていた元官僚のツイートです。

昔から官僚の過酷な労働状況は話題となっていますが、ここ最近、若手官僚の退職がとまらないという話が絶えません。悲しいことに、これは官僚に限った話ではなく地方公務員も全く同じ流れにあります。

わたしの経歴について

・大学院卒業後、政令市に入庁
・経理に配属され年間1,000時間の残業4年間続ける

新卒で政令市に入庁してから4年間、年間で1,000時間の残業をこなしました。月の残業はだいたい90~100時間ほどになります。土日はあまり出勤しないようにしていたため、平日はほぼ毎日深夜まで残業するという生活でした。

ぱすてる
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自分でもよくしごとを辞めなかったなと思います。

1年目から経理というハードな部署を経験

配属された1か所目の部署が本当に地獄でした…配属先は「総務課経理係」、公務員界でいう経理はかなりしんどい部署なんです。ちなみにですが、公務員の経理と企業でいう経理はまったく別物です。

地方自治体では、「企画局」「保健福祉局」「都市局」「港湾局」…といった様々な部署が存在していて、それらひとまとまりで自治体を構成しています。いわば、さまざまな子会社をまとめたグループ会社というかたちで地方自治体が組織されています。この「○○局」ごとに経理が配置されており、予算や決算を作成したり、議会対応の窓口となったりする局のブレイン的な役割を担っているのが経理です。

経理のしごと内容はかなりむずかしく、かつ責任重大なので、ほかの部署を経験したある程度しごとができる職員を配置するのが一般的です。

しかし、わたしが勤めていた自治体では、新規採用職員が経理に配属される伝統的な人事配置があり、わたしもその一人として配属されてしまいました。

入庁してからというもの、残業、残業の日々を過ごした結果、年間1,000時間残業する生活を4年間経験するという、公務員になる前の自分では想像できない生活をおくるハメになりました。

いまでは経理の業務改革が行われて残業時間がかなり減ったと聞いていますが、現在でもキツイ部署であることに変わりはないと思います。このしごとで経験したことをもとに、気づいたことを話していきたいと思います。

経理を経験して気づいたこと

ぱすてる
ぱすてる

結果として、とても成長できたと思っていますが、つらいことがありすぎました・・・

とにかく忙しすぎて感情がなくなっていきます。

帰りは毎日深夜になるので、必然的に平日は仕事以外なにもできません。

休日は仕事に疲れを回復するためにほどんどねていました。特に土曜日なんかは起きたら夕方なんてことがほとんどでしたね…本気で仕事をやめようかとも考えましたが、あともう少しのところでなんとか踏ん張り続けて辞めずにすみました。

この経験を経て、気づいたことは次の3つです。

① 人に嫌われても何も感じなくなる
②  事務処理能力が劇的に向上する
③ しごと上、怖いものがなくなる

①人に嫌われても何も感じなくなる

これは持論ですが、

大変な仕事をすればするほど人に嫌われます

みんなに好かれながら仕事をすることなんて不可能です。

暇な部署だと仕事で関わる人自体がかなり少ないので、そもそも他人から嫌われることなんてありません。

しかしながら、激務の部署では仕事で関わる人が非常に多いです。しかも、案件がかなり複雑で時には大変な仕事を他の部署に押し付けないといけないこともあります。

つまり激務な部署というのは人に嫌われる機会が多いです。その結果、人に嫌われても何も思わなくなってきます。

経理に権限が集中しすぎ問題

ぱすてる
ぱすてる

経理って権力が集中しがちなんですよ…

経理は金を掌握しています。つまり経理は大きな権力をもっているのです。

たとえば、役職が上の職員が「なんとか予算をつけて欲しい」と新規採用で配属されたばかりのわたしに必死にお願いしに来るのです

もう違和感がありすぎて、ただただ必死に話をきくことに集中しますが、内容が難しすぎてほとんど何をいっているのかわからなかったという思い出があります…

このあたりで経理は他の部署と様子が違うと、右も左も分からないわたしは気付き始めるわけです。

しかし、どんなに上の人から頼まれてもお金がないものはどうしようもないので、なんとか理屈をつけて断らないといけません。断り方を間違えればその後の関係は最悪なものとなるため、かなり神経を使います。

予算査定で脅される若手の経理

なかには、どうしても予算をつけてほしいからといって脅してくる職員もいました。
たとえば、

「◯◯施設の修繕費に1千万円の予算が必要になるけど、予算がつかなくて事故が起こって人が〇んだらお前の責任だからね」

といった感じです。
わたしは実際に言われたことがあります。

要求してくる職員も、なんでこんな若造に査定されないといけないんだという気持ちがあったと思いますが、こんな感じに対応してくる職員を相手にしごとをするのは精神的につかれました。

査定をするたびに、人に嫌われることに対して何も感じなくなっていきました。

経理に責任を押し付ける原課

https://twitter.com/akari_webdev/status/1295276262584328192

このツイートにもあるように、原課からどうしようもない相談を受けることがよくあります。

相談というよりも事後報告に近いもので、「もうこうなってしまったものはどうしようもないから、経理で認識しておいてね。」といったように、最後は経理に責任を押し付けられます。

実際に事業をすすめている、実働部隊の部署のことを指します。経理は、いくつもの原課の予算や決算をとりまとめていて、お金の使い方について原課から相談をうけることが日常的にあります。

自分で処理するか、上司にも報告するかでしごとの内容が大きく変わってくるため、案件をどのように処理するのかは非常にセンスが必要となってくるところです。

このような相談がくると事実確認だけで数時間、問題自体を解決するのに数日はかかってしまうことになり、自分のしごとが全く進まなくなります・・・

議会の質問を押し付け合うのがしごとです

経理は議会対応の要の存在でもあります。その仕事内容は、

・質問を受け取る
・答弁書を作成する

です。

やっかいなのが「質問を受け取る」ところです。

質問の内容は、財政部署(経理の元締めの部署)から割り振られます。

その質問を受け取った経理の担当者が、自分の部署へ適切に振り分けて「答弁書を作成してね」としごとを任せていくわけです。

議員→財政部署→経理→原課 の流れで質問がふってきます。

経理をグループ会社にたとえるなら、それらをとりまとめるホールディングスが財政部署です。自治体のお金を握っているのところで、何時間でも働き続けるエリートで構成されているやばめの部署です。

問題なのが、自分の部署かどうかあやしい質問が財政→経理ルートで来た時です。

内容的に他の部署が答弁と書くべきと判断すれば、財政に電話をしてこういう理由でこの質問は引き受けられないと伝えます。

もちろん、財政もすでに質問を割り振ってしまっているわけで、かんたんには引き下がりません。お互いがお互いの理論をぶつけ合って「質問の押し付け合い」が生まれるのです。

こういうグレーな質問を引き受けてしまうと、経理→自分の部署へ質問を振る際、苦情を言われるのは自分自身になってしまうため、経理も必死になるわけです。

経理は財政と喧嘩して一人前みたいと風潮があります。よくわからない風潮ですが、喧嘩がしごとである部署はそうそうないと思います…

② 事務処理能力が劇的に向上する

手に職がつかないことで有名な公務員ですが、経理に限って言えば、事務処理能力がかなり向上するとおもいます。

理由としては、しごとの依頼メールを1日に数十件作成したり、上司への説明資料を短時間で作成したりと、とにかく作業量が多いのです。

ちなみにですが、忙しい時期は1日に電話・メールのやりとりをそれぞれ50件以上します。そのうえ、議会資料の作成や制度の勉強、上司への報告などが通常業務として乗っかってくるので、必然的に自宅へ帰るのは深夜・・・といったかんじです。

膨大なしごとをひとつひとつ管理しながら進めていくのは本当に大変です。しごとの基本的な業務の数をこなせるので嫌でも事務処理能力が向上するといったところです。

③ しごと上、怖いものがなくなる

経理を経験すると公務員のしごとで怖いものは無くなります。

理由は、いままで話してきた内容を経験することで、精神的なつらさの底を経験し、かつしごとの大変さの底も経験することができるからです。

短期間で強制的に、精神的にも技術的にも実力が身につくといったところでしょうか。

わたしも入庁して数年は、毎日しごとにいきたくないとおもいながら出勤をしていました。仕事中に上司に泣かされる女性職員仕事をやめていく先輩職員も多く目の当たりにしました。

なんでしごとをやめなかったのかと考えると、ただ仕事を辞める勇気がなかっただけだと思います。しかし、仕事を続けることができたからこそ、今の実力を養うことができたとも思っています。

経験したからこそわかるのですが、過酷な労働をした人こそ本当に強い社会人であると思っています。ただ、ブラックな労働をよしとしているわけではありません。